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伊勢藤(いせとう) 神楽坂

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場所は神楽坂。
東京の下町の中でも、独自の文化を今尚匂いたたせる趣き漂う土地である。
一本路地裏に入ると、ひっそりと佇む料亭処。
今にも、曲がり角から芸者さんがふと顔をだしそうな、そんな界隈である。
そんな中、一層際立つ風情ある佇まいが、この伊勢藤である。
創業昭和12年。
言葉にはできない、素晴らしい佇まいだ。

暖簾をくぐると、左手に鍵の字型に広がる6席ほどのカウンター。
4人のお客が座っており、一人とのことを伝えると、お燗番のご主人の前に通された。
囲炉裏でお燗番をしているご主人と一番近いこの席は、入店前から憧れはあったものの恐れ多くとても期待はできなかった。
しかし、今日はその席が一番居心地良いですよ!と言わんばかりにぽっかり空いており、そこに僕のケツは落ち着くことになったのである。

おしぼりで顔を拭き「ふ~~~。。。」と一息。
なんとも癒される感覚を辿ると、お店の優しい灯りの具合に気が付く。
昭和初期にタイムスリップしたかのような、なんとも言えない優しい灯り。
そして、様々なものが沁みこみ自らを表現する梁や天井。そして土壁。
この店を国宝と称える意味が容易に感じられる。

そう。この店を伝えるのに、店内の画像は不要だ。
それは、この有様を画像に収めることが、お店に対して礼儀を逸脱した行為に感じられるのと同時に、この雰囲気は画像からは、絶対に伝わらないからだ。
むしろ、画像が現実よりも安っぽく写ってしまい、この記事を読んでくれた方に誤解を招くことも否めない。

客層は、やはり酸いも甘いも知った60過ぎくらいの方が多い。
僕の横にいた若い人は、店の雰囲気にのまれ酔いもせぬうちに足早に去っていった。
やはり、前評判と実際の雰囲気が重なることで、びびったのだろう。
先代のときは、大きな声、女性の一人酒はご法度だったそうな。
現在の3代目ご主人は、そこまでは厳しくないにしろ、座敷から下品な笑い声があがるとやはり注意する。
そして、湯煎し燗しているときの真剣なこと。
熱の伝わりやすい すず でできた器で燗するのだが、そろそろと思うと手のひらで器を包み、念入りに確かめる。
納得いくと、左手に持った徳利の中に注いでいくのだが、この注ぐ落差が50CMほどあるのは、正に職人技。
これだけ、思いを込められた燗酒はここ以外では飲めないだろう。
お酒は、灘の男酒、「白鷹」。
宮水で造られ、伊勢神宮にも永年納められている由緒ただしき銘酒だ。
ここは、お酒はこの「白鷹」のみ。ビールもなければ、焼酎も無い。
この頑固さが腹まで沁みるこだわりなのである。

料理は、1汁4菜のお通しが出される。
4品は非常に「良く考えてるな~。」と唸る品々。
えんどう豆。ちくわ。鮫の骨の梅肉和え。海月の雲丹和え。
小鉢に軽くよそわれたこれらは、量もちょうどよく、また飲みが進んでも、飽くことなく愉しめる絶妙な味のバランス。
特に、鮫の骨の梅肉和えは、なんとも言えなく気持ち良い食感と酸味。
また、海月の雲丹和えは、海の香りが漂いホヤを上品にしたような風味。
極上の肴に杯は容易に空いていく。

ふと気付くと杯の水面に浮かぶ満月。
それは、見間違うた優しい灯りだった。
時より ふあ~~~。。。と吹き抜ける風と虫の声。
ぱちぱちっ。。。っと弾ける炭の音が心地良い。

これだけのお店を継承したご主人。
きっと、様々なプレッシャーもあるに違いない。
古き良き。を後に伝えていくことの厳しさが仕草の節々に感じられる。
「アメリカやイギリスに住んでいた時期が改めて日本の素晴らしさを気付かせてくれた。」
と言うご主人は、ご主人なりのこだわりと人柄を打ち出しながらこれからのお店を色づけていくのだろう。

5合も飲んだ間に、重ねた数々の会話が他にもあるのだが、その内容は伏せておこう。
僕が、酒天童子を書いて以来、「僕だけの心に留めておきたい。」という思いがこれほどまでに降り積もった伊勢藤だからである。

東京都新宿区神楽坂4-2     03-3260-6363
JR「飯田橋」より徒歩5分。

営業時間 17:00~20:30L.O.20:30、閉店21:30
定休日 土曜、日曜、祝日

お通し1500円 酒500円 肴400円

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坐唯杏 (ざいあん) 池袋

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僕は、このお店に通うのを楽しみにしていた。
今日は、1月ぶりの居酒屋である。
金欠だったことと、抜いた親知らずが膿んでしまった事が重なり、今月最初の出陣と相成った。

今日が、土曜でなければ幡ヶ谷の「たまははき」にて秋刀魚のワタ漬け。すぐにでも駆け付けたかったのは、冷おろしが待っているだろう烏山の「和市」(女将さん、和市さんに会いたい。。。)
しかし、今日は、都心に出ていたため前から目をつけていた池袋の「坐唯杏」へ。

ここは、最近評判の勢いのある居酒屋である。

区役所の裏の「すきや」を目印に探していると、ありました。
一見、流行系の「本日のお勧め」ビラが貼ってある入り口を覗くと、通路は地下へと延びていた。
今の時間は、18時半。しかも今日は土曜日。
なんとか、カウンターに座れることを祈って、恐る恐る店内に入る。

店を遠めな視点で観察したり、酒やつまみの写真を撮るのには、テーブル席のほうがやりやすいが、やはりカウンターで立板や常連の仕草を観察しないことには、始まらない。
幸い、板さんの前の席に通され事なきを得た。

まずは、メニューも満足に見ないでいると、店員さんから

「そちらの赤いメニューの裏にビールなどがございます。」

という声も振り払い、「宗玄(石川)の純米」を1合もらう。
う~~ん、味わい深き1級品よ。。。

今日のお目当ては、鰹である。
坐唯杏のホームページにも載っている、今年の戻り鰹を早々と食しに来た。
今年の戻り鰹は、脂の乗りが非常に良く、絶品との謳い文句!!画像で見てもすこぶる旨そうなので、慌てて来た始末だった。なぜなら、鰹は北上してくる倍のスピードでフィリピンの方へ南下して行くからだ。
しかし、宗玄の純米の美味しさに、肴の注文も忘れ飲みに興じてしまった。

舌でま~るく転がしつつ店内の雰囲気を味わう。

そんな折、店内に響き渡る奇声。
「きゃはははは~~~っ♪」
人物は見ずとも容易に想像できるギャル声。

そして、気付けばカウンター席の後ろをけたたましく通る店員達。

このお店のカウンターは、3組板前側、もう3組は背中合わせに反対を向き、この間にあいている通路を店員が行き来するのだ。
う~~~ん。。。落ち着かん。。。

酒も旨いしこだわりもあるのだが、どこかおかしいぞこのお店。。。

まあまあ、鰹を食って落ち着こうよ!童子ちゃん。
ということで、鰹のたたきと、南魚沼の「鶴齢」の利き酒セットを頼んだ。

南魚沼の文字にまずは、目が食い入った。
去年、震災ボランティアに行った南魚沼郡であるが、とても酒どころではなかったからである。
見つけた瞬間、今日の思いを馳せるところは決まった。

そして、この利き酒セットは、純米、特別純米、大吟醸が味わえて880円と嬉しいお値段。
普通に1合飲むより断然お得である。

そして、良いタイミングで出てきた、鰹のたたき。
鰹は、身が柔らかいので食感のバランスを取るために、普通の刺身より厚く切るのだが、ここの鰹は身自体が大きい。
これを、一口で目一杯に含む。
「カリッ!!パリッ!!」
「ん~~!?」
びっくりした。皮はパリっと香ばしく、中はしっとりきめ細かい、そして溢れる脂。。。
そして気付いたのは、八切れ中、二切れに入っている細工包丁である。
板さんに聞くと、尾の身に近い部分なので味が滲み込みやすいように入れたのだそう。
むむむ。。。只者じゃないぞ。。。

それも、そのはず。
店主の武内さんは、日本屈指の土佐料理専門店 祢保希(ねぼけ)で修行された兵なのだ。

そして、鶴齢のうまさ!!
魚沼の米造りの話は、地元の農家の方からさんざん聞いていた。
うまい田んぼの土をダンプで買いに行って、自分の田んぼの土と混ぜ合わせ、試行錯誤を繰り返す。
そして、その試行錯誤の一つの答えを待つのに、1年の月日を費やしてしまう。
そんな、思いを感じると、日本酒という枠を超えた雫に感じられる。

良い具合に酔って来て、騒音も気にならなくなりもう1杯頼む。
「すいませ~ん。英(三重)を」
「すみません。英はただいま切らしてまして。。。」
しょんぼりしている僕を見かねて
「英は切らしていますが、杜氏の夫人、るみ子さんが、置いていった妙の華、精米歩合90%のものがありますが。」
「えっ!?90%ですか???低いならまだしも、こんな高いの初めてですよ。僕らの食べている米と変わらないじゃないですか~。。」
(精米歩合に関する高低の表記は、本や蔵元によってしばしば異なる)
「僕も、今回初めて見ました。どうです、お試しに。」
ということで、グラス(380円)で頂いた。

その名も「山田錦 きもと無濾過  生原酒 妙の華 チャレンジ90」

む~~~っ、切れる。辛い。旨い。
しかも、るみ子さん当人が、置いていったとは、まさに「るみ子の酒」である。
英、妙の華を造る森喜酒造場の「るみ子の酒」は、漫画「夏子の酒」に感動した、るみ子さんが作者に手紙を宛て、様々な人の支えがあって誕生したお酒である。

ということで、日本酒としては、大変満足できる店なのだが、一人で落ち着いて飲める店ではないのが、なんとも口惜しい。

これだけ、酒にも料理にもこだわりながら、客層や店員の仕草のやかましさが店の雰囲気と噛みあわなく感じるのは、僕だけであろうか。
もしくは、誰か連れと来れば、また違うのかなぁ。

酒も肴も一人でしっぽり楽しみたいものばかりなので、もう一度足を運んだうえで吟味したいと切に思う。

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妙の華 チャレンジ90

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ともあれ、うまかった「チャレンジ90」。
そして、ただ銘柄を覚えているだけではなく、自分のお勧めを言える店員さん。
開店直後の1時間。もしくは、閉店間際の1時間を狙ってリベンジしたい。

JR「池袋駅」から徒歩7分   03-5957-2207
東京都豊島区東池袋1-31-1 地下1階
http://zaian.mo-blog.jp/weblog/

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あそび。。。


最近、しばしば感じるようになったのが、年配者の態度である。
特に、定年したての60過ぎぐらいのおじ様方。
このくらいに、お歳を召されると素敵な人に、多々お会いするのだが、正反対の御仁が中にはいる。

一言で言えば、まるで子供。

今までは、会社等で部下を引きつれ、指示し、それなりの業績を上げてきたのだろうが、役職をとったらなんの魅力も残らないただの、おやじである。
人はただ歳を取っていれば尊敬されるものではない。
仕草や言動の節々に
「あ~、この人はやっぱり年長者だわ!!」
と感動を与えられるようでないと。。。

では、同じ年月、同じ日本の社会で生きてきて、この差はどこから生まれるのだろう。

その答えは、「大人のあそび」をしてこれたかどうかだ。

僕の思う「大人のあそび」とは、自分の身分、社会的地位等をひっぺがして、一人の男として愉しめる社交場での過ごし方。である。
それは、人によって違う。例えば、銭湯、居酒屋、囲碁、将棋、雀荘、詩吟。。。

こうした、裸の社交場を経てきてる人には、艶がある。

人を惹き寄せる魅力。経験に裏打ちされた言動。気風の良さ。

若い奴に噛み付かれても少々のことでは、動じない。
大きく包まれて「ころん♪」である。
ここで、まともに張り合われる様では拍子抜けだ。
若い奴は若いなりに、大人を見て勉強しているのである。

これからの、高齢社会。
僕もこのような目で見られ始めるときが、いつか来る。

そんなとき、一つ上の「大人のあそび」がある自分でいたい。

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イトウの刺身

僕は、あの幻の魚、「イトウ」が食べられるお店を見つけた。
昔は、イトウは東北から北海道に生息し、田んぼの用水にもいたほどだったのだが、戦後の高度経済成長に伴う河川の汚染で今では、北海道の数少ない川にだけ生息する、日本最大の淡水魚である。
イトウは15~20年生き、何度でも産卵できる。産卵期は3~5月なので旨いのは、やはり秋口からであろう。

5席ほどのカウンターと座敷。
常連らしき客がカウンターに3人いた。
僕は、まずはお酒を頼むと冷か燗か尋ねられたので、冷(常温)を頂いた。

メニューも白子の天婦羅、あんこうのとも肝など楽しみなものが並んでいる。
そして、イトウの刺身の文字。
僕は、一応尋ねてみると、あるとのこと。
もちろん、天然もののわけはない。イトウは現在環境省の絶滅危惧に指定されており、一部では捕獲を禁じられている。
そこで、青森県では、イトウの養殖に成功し日本全国に発送している。
養殖ものと解りつつも、やはり一度は味わってみたかったので注文してみた。

その時、ご主人をみて僕は愕然とした。

なんと、客と話しながらタバコを吸っているのである。

おいおい、あんた。生魚を扱う職人さんがタバコ吸っちゃダメだろ、しかも客の目の前で。。。
僕の注文が入ると、慌しく手を洗うご主人だが、もう僕の気分は萎えている。
タバコの匂いのついた指は、少々洗ったくらいでは、その匂いは落ちない。
タバコ吸いは、たいして気にならないかもしれないが、タバコを吸わない僕には、これは耐えられない。

皮肉にもでてきた刺身の身は綺麗で、美しい盛りだった。
しかし、さきほどのあれを見せられては、美味しく味わうこともできず、僕は店を後にした。

なぜ、僕がこのあたりを厳しく追求するかというと、僕にとって一人酒の時間とは、うさを晴らしに来ているのではなく、大半は、自分の生き方はこれで良いのか?ちゃんと行動できているのか?と噛み締めている時間である。
当然ご主人にも職人としての生き方を求めてしまうし、その振る舞いができてこそ「その道の人」と認め勉強することができるのだ。

居酒屋はまさに勉強の場。
一人で行くと様々な人間の人生を見ることができる。

そして、このようなとき、僕はいつも迷う。
店で不機嫌な思いをしたとき、すぐにその場で主人に言うべきか。
もう、2度と来ない店なのだから、ことを荒げないでおくべきか。。。
そういった中でも惜しいなと思う店には、ご主人の改心を求めて再び赴いてしまうのである。

追記 ちなみにイトウの味は、まさに「川のトロ」であり、臭みの無い上品な鮭といった感じだが、僕はあの鮭特有の脂臭い紅トロの方が好きである。

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最後の夜 (小さな築地)

31日、僕は遅くなってしまったが、なんとか親父さんに挨拶がしたくて、お店に立ち寄った。
すでに、準備中の看板が出ていた。
恐る恐る暖簾をくぐると、親父さんが笑顔で迎えてくれた。

「おそくなってすみません。なんとか最後に挨拶だけでもしたくて。。。」

「まあ~一杯飲んでいきな~!!」

と生とイカの沖漬けをだしてくれた。
もう、お客もほとんど帰ってしまい、祭りの後の出店のようなまったり感が辺りを包んでいた。
店員さん同士も

「あ~、本当におわっちゃうのか~。。」

と寂しげであり、やり遂げた様な笑顔を浮かべていた。

最後に残った客も、帰るに帰りたくない寂しさを漂わせながら、重い腰をあげ、親父さんに話しかけて帰っていく。
親父さんは、来てくれて本当にありがとう。という表情をにじませながら客を見送る。

漢がなにかをやり遂げたという縮図が、親父さんの表情に表れている。
かっこいい。本当にかっこいい漢の姿だ。

親父さんの最後に残した

「寂しいけど、やり終えたことに、ほっとしてるよ。」

この言葉に、すべては集約された。

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