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蒲田の居酒屋にて

今回の八重山行き。
飛行機は早朝の第1便であった。
僕の家からでは、始発に乗っても間に合わないため、前日の夜に空港に向かう予定だった。
しかし、海外ボケしてる僕の計画とは裏腹に、羽田は23:30に閉まると言う。
仕方ないので、蒲田駅の漫画喫茶で時間を潰すこととなった。

京急蒲田に着くと、駅前になんとも良い雰囲気の居酒屋が♪
まずは、旅立ちを祝して一杯飲むか!

「がらがらがらっ」

10席ほどのカウンターのみのお店はかなり年季が入っている。
僕は背負っていたバックパックと右手に持ってた三線を置くと、隣の常連が話しかけてきた。

「それ、三味線ですか?」

内地の人は三味線との区別をつけるため「蛇皮線」などと呼ぶが、沖縄の人は三味線、または三線と呼ぶ。
この問いかけでわかる通り、この人は沖縄出身の人だった。

なんたる偶然。
そして、明日から八重山に行くこと、今日が誕生日であることを話すと
「この人に生ひとつね~!」
とご馳走までしてくれて。。。

他のお客さんも帰ると、女将さんと3人で深い話が始まった。

僕の友人に、2次大戦に出兵した元日本兵とその日本兵に家族を虐殺されたフィリピンの人の友好に尽力している人がいる。

戦後60年が経って、その時の行いを悔いる元日本兵の方が、当時を振り返り語りだした。
その様子をビデオに撮って、フィリピンの人に届けるのだ。
僕も、その活動に参加させてもらい2月にフィリピンに行く。

そんな話を力説していると、女将さんの目から涙が溢れた。
女将さんは、2次大戦中、疎開先で病気にかかり片目を失った。
そして、偶然にも明日は、残された目の白内障の手術だと言う。

今日以降光を失ってしまうかもしれないその目から流れた涙は僕の胸を締め付けた。
今年ももうすぐ、2次大戦の爪あと残る日がやってくる。

その日、どれだけの人間がどれだけ様々な想いを馳せるのか。

戦争が残すのは、負の遺産のみ。
2次大戦体験者の話が聞けるのは、あとわずか。

それ以降、次の世代へと伝えていくのは、何も知らない僕らなのだ。
「戦争を繰り返さないために」
僕らは、事実を知り、事実を伝えていかなければならない。


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コメント

羽田空港に朝イチで行けないことからたまたま入った居酒屋での出会い。洋の東西を問わず居酒屋では毎晩このような出会いが生まれているのでしょうね。

カウンターでたまたま隣り合わせた人とのコミュニケーションが居酒屋の醍醐味です。

それにしても時代とともに戦争の伝承者が少なくなってきていますね。私の知り合いもインドネシア戦線で戦って生きて帰ってきたお父さんの言葉をもとに本を書いた女性がいます。それまで聞いたことのなかったお父さんの戦争に対する心情の吐露。彼女もそれをきっかけにそのようなことをテーマとする仕事に取り組んでいます。身近な人の言葉だからこそ重いんでしょうね。

投稿: EB | 2006/08/04 17:32

まさに、これこそが居酒屋の、そして一人酒の醍醐味ですね!

今年は、戦争経験者の方と接する機会が多いのですが、みなさん身内には、告白されてない方がほとんどのようです。
奥さんにさへ死の間際まで、過去を語らない方もいらっしゃいます。
きっと、その作者さんのお父さんは特別な想いがあって、娘さんに語っていったのでしょうね。
今年も戦争を多く取り扱う、季節になりました。
せめて、この時期だけでもみんなが真剣に戦争というものを見つめてくれればと思います。

投稿: 酒天童子 | 2006/08/06 20:57

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