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震災地の居酒屋。

Kasiwazaki2


実は、お盆休みに新潟の震災地に行ってきた。
目的はもちろん、震災地の復興活動を手伝うためだ。

本当は震災直後に現地入りする予定だったのだが、外せない用事がでてきてしまったのである。それからもテレビで現地を見ながら、のうのうと暮らしている自分に腹を立てていた。

ようやく叶った現地入り。
現地では仮設住宅への引越しを手伝ったりした。
寝泊りは高校の体育館。5日分の食料と水で荷物は20kgを超えていた。
ボランティアは毎日100人単位で来ていたが、県外者は少なく体育館利用者は30人ほどだった。

一日の活動が終わるとまずは、自衛隊の設営した風呂に向かった。
戦場でも入れるようにと造られた特別な風呂だ。

実は、僕らが被災者の方と接することができるのは、一般的にこの風呂の時間が大きかった。昼間の活動中は、いろいろな要因が重なりあまり話しかけたりできないからだ。

そして、僕は風呂をあがると近所の居酒屋に向かった。
柏崎では、居酒屋というのが限られているうえ点在しているので目星をつけるのに苦労した。

入ってみるとカウンターには女性客が2人。
ボトルを傾けながら日常の話題を口にしていた。

「家の中を片付ける気にならないのよね~。。」
「夜の仕事(スナック)を終えて、親の介護もして家の片付けなんかできるわけないわよ。」

こんな声が聞こえてくる。
僕が震災地まで来て居酒屋に入ったのはこういった話が聞きたかったからである。
そう、風呂の他で被災者の話が聞けるのは、居酒屋しかないのである。

途中からカウンターに交ぜてもらい話を伺っていると、店のご主人も話しに入ってきた。

「私も家の中を片付けたいんだけど、ボランティアの人たちには頼みにくいんだよね~。。だって、私たちよりも年寄りの人たちが困っているわけだから。。」

60前後の人はこのようにボランティアの受け入れを躊躇していた。
それも当たり前の話だ。
いくら壊れてしまったからといって、見ず知らずの人間に思い出の詰まった家の中をかき回されたのでは堪ったものではない。

というわけで、もし僕でよければという申し出をさせて頂き、翌日家の片づけを手伝わせてもらった。お店の2階はめちゃくちゃで割れた食器や倒れた棚などで足の踏み場もなかった。

現地で知り合った若い青年にも手伝ってもらい、4時間ほどで一段落着いた。
「今はまだみんなが外に出て飲もうっていう元気が戻らない。店は開けてるけどお客さんはほとんど来ないよ。でも、私にはこれしかやることないしね。。」

早くみんなに笑顔が戻り、楽しく酒を飲める日が戻るといいな。と祈ることしかできなかった。


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コメント

こんにちは。
阪神大震災の時は仕事で二日後に現地入りし、一週間ほどいました。私にとっては非常に大きな経験でした。
被災地のボランティア経験はなく、今回の地震では週末だけでも新潟に行こうかと思ったのですが、ネットで調べてみてもボランティアの情報がイマイチわからず断念しました。
酒天童子さんの居酒屋のお話、頭が下がります。こうやってブログに記すこともまた大事ですね。お疲れ様でした。

投稿: EB | 2007/09/01 21:22

EBさん
ありがとうございます。
以前、蒲田の居酒屋で二次大戦のお話になった女将さんのことでも、コメントを下さったEBさん。
このあたりに共通する道徳観を持っているのだな、と感じていました。ありがとうございます!

実は、今夜は沼津で川口さんと飲んできたところです。
また後日記事にしますので、お目通り下さい!

投稿: 酒天童子 | 2007/09/03 07:27

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